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相続放棄しても受け取れる財産とは?
そもそも「相続放棄」って何?
「相続放棄」という一言でも、法律上での定義と一般市民の認識では、多少違いがあるように受けます。
例えば、よくあるケースとして、父が亡くなり、母と成人の子供2名が残されたときに、子供達は既に自立しているため、母が全て相続しようと決めることがあります。
その場合の子供達の視点に立つと、「遺産」は「いらない」ということ、つまり自分たちは「相続」を「放棄」するという認識になります。
実際当事務所で扱っている相続案件においても、遺産の承継を希望されない方から「自分は放棄するから母に全部譲りたい」という言葉が出ることがあります。
もちろんそれならそれで構わないのですが、その多くが法律上での「相続放棄」をするという趣旨ではなく、単に「自分は遺産がほしいとは言わないし、手続にも協力するからね」という意思表示にすぎないことが多いです。
それであれば、残されたご家族(相続人)の中で全員の意向に沿った書面を作り(遺産分割協議書等の作成)、ご家族全員で記名捺印等をすれば、それでOKです。
ただし、それは金銭、預貯金、不動産、株式などのいわゆる「プラスの遺産」までの話です。
借金などの負債、いわゆる「マイナスの遺産」があるときには、残されたご家族だけでその負担を誰が負うのかを決めることができず、金融機関などの債権者はご家族だけで決めた負担内容に拘束されることもありません。
例えば、数千万円の借金を負った父が他界し、ご家族の中で、その借金を長男が全て背負うと合意していたとしても、債権者は長男以外のご家族にも返済を督促することができるということです。
そんなときのためにあるのが、法律上の「相続放棄」です。
法律上の「相続放棄」、それはつまり、「初めから相続人ではありません。」と公に認めてもらうことです。
初めから相続人でないのであれば、そもそも財産の承継云々に口を出すこともないし、逆に借金を引き継ぐこともない、故人との相続関係をゼロにする、それらを目的とするのが法律上の「相続放棄」となります。
法律上の「相続放棄」をするためには、法律で定められた期限内に裁判所で手続をするなどの一定の条件が必要となるため、速やかに事を進める必要があるので注意しましょう。
※以下、法律上の「相続放棄」に関しての記述となります。
相続放棄した後はどうなるの?もう安心?
相続放棄をすれば初めから相続人ではなくなる、つまり相続人としての権利が主張できなくなり、反対に義務も負わなくなります。
そうなると相続人としての権利義務は、次の順位の相続人へと引き継がれることになります。
例えば、子供達全員が相続放棄をすれば、故人の親や祖父母などが相続人となることになり、親や祖父母が既に他界、もしくは子供達同様に全員相続放棄をすれば、故人の兄弟姉妹が相続人となります。
相続放棄を選択することが最も多いケースは、故人にマイナスの遺産が多いときです。
そのため、“常日頃から付き合いのある人”が自分が相続放棄した場合の次の相続人にあたるようなときなどは、自分が今回相続放棄することを伝えておくことで、その次の相続人が突然の借金の督促などに慌てず、自分が相続放棄をするべきかどうかを判断する材料を得られることにもなり、これまでの関係性がギクシャクしないこともあります。
また、相続放棄をしたからといって、その時点より完全に遺産に対する責任から逃れるわけではありません。
法律上においては、相続放棄した人にも、次の順位の相続人が遺産の管理を始めるまで、その遺産を管理する義務が残ります。
もし、相続放棄をした結果、相続人が誰もいなくなったときに、遺産である空き家が老朽化し、そのため家屋が倒壊し誰かに損害を与えてしまった場合には、たとえ相続放棄をした人であっても、その管理義務があることから、損害賠償の責任を負わなければならないケースがあるのです。
ですので、相続放棄をしたときでも、次の相続人にしっかり管理権限を移す(鍵を引き渡すなど)か、相続人が誰もいなくなるケースにおいては、家庭裁判所へ相続財産管理人の選任申立を検討する必要もあります。
相続放棄したときは、マイナスの遺産から解放される反面、むしろ本来プラスの遺産となりうる家屋などの管理義務の面では引き続き注意が必要となります。
え!?相続人じゃなくなったのに受け取れるの?
相続放棄をすると、マイナスの遺産を負担せずに済みますが、プラスの遺産を承継することもできなくなります。
ここでのポイントは、“遺産”ということです。
つまり、遺産に含まれないものは、相続放棄をした人でも承継しうるものもあるということです。
一見すると、故人の遺産とみられるようなものでも、以下のような権利は法律上遺産に含まれないとされているため、相続放棄をした人でも受け取ることが可能です。
① 香典、御霊前、国民健康保険・健康保険組合等からの葬儀費用等の助成金
これらは喪主に対して葬儀費用等に充てることを目的として提供されるものなので、遺産には含まれず、相続放棄をしていても受け取ることが可能です。
② お墓、仏壇、遺骨
これらはそもそも遺産ではなく、祭祀財産といわれるものですので、その祭祀を承継する人(祭祀承継者)が受け取ることが可能です。
祭祀承継者は、故人が予め指定していたり、慣習によっても決められますが、争いがある場合には家庭裁判所への申立で指定してもらうこともできます。
③ 死亡一時金
故人が契約していた生命保険において、受取人と定められていた相続人が相続放棄をした場合でも、死亡に伴う死亡一時金は遺産ではなく、受取人固有の権利となりますので、その死亡一時金を受け取ることが可能です。
ただし、受取人として故人自身が指定されている場合には、一旦故人の財産と認定されるため、結果的に遺産として相続の対象とする必要がありますので、この場合の死亡一時金については、相続放棄した人は受け取るができませんのでご注意ください。
④ 未支給年金、遺族年金
未支給の年金については、故人と“同一世帯”であった一定の親族が受け取る権利が法律上定められているので、その親族が相続人であるか(若しくは相続放棄していないか)は関係なく受け取ることができます。また、遺族年金についても、故人の一定の親族が受け取る権利が法律上定められています。
上記の他にも、死亡退職金や高額医療費の還付金などは、状況によっては受け取りが可能な場合がありますので、相続放棄した後に受け取っていいものなのかどうかは、ご不安であれば事前に専門家等にご相談頂くことをお勧めいたします。
もし相続放棄した後に遺産を受け取ったらどうなるの?
相続放棄をした人が、故人の遺産を処分することは大問題です。
なぜなら、例え裁判所に正当に相続放棄が認められた場合であっても、そのような人が遺産の処分をした場合には、“相続を承継する意思“があったのだとみなされる場合があるためです。
これは、相続放棄した人が、故人から不動産や車を承継したときも同じです。
それはつまり、自分が相続人だと主張していることと同じなので、その結果、相続放棄が覆される可能性があるということになるのです。
仮に、故人が使っていたボロボロの手帳を形見分けとしてもらった程度であれば、相続を承継する意思があったとまではみなされない可能性もありますが、故人の宝飾類を処分して売却利益を得たとなれば、その行為はもはや相続人として行った行為であると言わざるを得ないでしょう。
なお、本コラムは、執筆時点における各種法令に基づき掲載されたものであるため、今後の法律改正等により内容に変更が生じる可能性がありますことをご留意ください。
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この記事の著者
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司法書士
井栗 禎子
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